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理想論だけど。

「障害は個性」っていう言葉は、好きじゃない。だって不便なだけでいいことなんかほとんどないもの。

だけど、それはそれとして、個人的に思っているのは、たとえば満員電車に乗っている人の中には、背の高い人もいれば低い人もいる。痩せた人も太った人も、荷物の多い人も手ぶらの人もいる。車いすだって、それと同じじゃないのかな。

満員電車に乗っている車いすの人は、人口比に比べるとかなり少ないと思う。だけどそれは、本来おかしい。というか、おかしいと思わなきゃいけない。もっと車いすの人が電車に乗っていてしかるべきだし、そういうのが当たり前でないといけない。

(これは車いすに限った話ではないのはいうまでもありませんが)

自分も障害者のはしくれで、障害者専門の就職支援サービスを何度か利用したけれど、障害者雇用の求人の場合も「公共交通機関での通勤が可能なこと」っていう条件がついてることが多い。そして、これがネックになっていることってたぶんかなりあるんじゃないのかな。

公共交通機関はもっとハンディキャップのある人に利用しやすくなるべき、というか、そういうのが当たり前でないといけないと思う。
建前のきれいごとなのは百も承知。だけど、こういうことを誰かが言い続けないと、この元増田みたいな声はいつまでもなくならないどころか、最近の「誰かが配慮されると自分の権利が不当に損なわれたかのごとく攻撃的になる」風潮(まあ、ネットで声のデカい人にたまたまそういうのが目立つだけかもしれないけど)を考えると増える一方かもしれない。

だから、ちょっと書いておきました。
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by quix-que | 2014-03-20 11:04 | もの申したいこと

「赤ちゃんポスト」という呼称について。

これもうずいぶん前から何回も言い続けているので、私と親しい人には耳にタコかもしれないけど。

いわゆる「赤ちゃんポスト」と呼ばれるものについて。

すくなくとも日本国内では、そういう呼称で呼ばれるものは、ただひとつしかないわけですよ。
そしてそれには、「こうのとりのゆりかご」という正式な名前が付けられている。
この名前は、ポストという「お手軽に投函する」イメージからくる、安易な子捨てであるとか、いらない子供であるとかの印象を避けるための配慮がされている、と誰でも思うはずです。

にもかかわらず、毎度毎度、これに関連する話題がマスコミに出るときは、あたかも一般名詞であるかのように「赤ちゃんポスト」という呼称がまず使われ、申し訳程度に正式名称の「こうのとりのゆりかご」に言及されることがある(されないこともある)。

これ、おかしくないですか?

ただひとつ、それしかないものであり、類似のものがなく、正式な固有名詞が存在するものを、わざわざ通称(それもいささか揶揄的な)をあたかも一般的な呼称であるかのように使うのはいかながものなのでしょう。

野島伸司に今更なにかを期待しているわけではないのだけど、例のドラマに言及するのに、こうのとりのゆりかごがある病院について、「赤ちゃんポストを設置している病院」という表現を何度かみかけて、いやだからそうじゃないし(いらいらいらいら)となっているのです。

この気持ちをわかってもられるでしょうか。
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by quix-que | 2014-01-22 16:49 | テレビっ子

私はメタボじゃなくて皮下脂肪。

メタボリックシンドロームの認知度は・・ | エキサイトニュース

いやーあれだけ毎日新聞雑誌テレビでメタボメタボ言っていればそのくらいの認知度になるでしょ。
ちなみに、こんな与太記事を書いたので、暇だったら読んでちょうだい。しかし実は半分以上マジだってことは内緒だ。
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by quix-que | 2008-07-27 14:03 | 生活ねた

泥船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ

※タイトルは思いつきなので気にしないでください。しかし、泥船はヘタに漕ぐと水流のせいで早く泥が崩れて溶けるようなきがしないでもないのだが(←べ、別に「うまいたとえ話だな」と言ってもらいたいとかいうわけじゃないんだからねっ、誤解しないでよ)。
Excite news:<改造内閣>新閣僚、初の会見で身ぎれいさ強調
いや、伊吹文部大臣とか留任してるし。どうすんのさそれはさ。

まず思ったのは、多分だれがなっても何をやっても評価されることが非常に難しい貧乏クジ的な厚生労働大臣に舛添っていうのが、なんというか「ツブしにかかってるんじゃないの?」的な感じをうけますねえ。舛添さんの持論は「介護は保険ではなく税金で」だった筈なんだけど、議員になっちゃってからはそれについてあまり言わなくなったのを個人的に残念に思っていたところなんで、どう出てくるのか興味津々ではありますねえ。現行の介護保険制度がすでに破綻してるのをごまかして延命させてるだけなことはわかりきってると思うので、いったいどのような大鉈を振るうのかがある意味見もの。あと、日本の医療費がGDP比では先進国中でもすごく低いレベルだということと、それが医療費の自己負担が少なくて気軽に医者にかかれるという理由だということ、医療費の延びは厚生労働省が言うほどには全然のびてないこととかをばしっと大きく主張して、財政赤字の原因を医療費や福祉のせいにしてそこを重点に切り詰めさせるのはいいかげんやめろというあたりを言ってもらいたいんだが、これは無理だろうな。

あと、ついでに書いてしまうと、小池百合子が次の選挙では民主党から立候補しても、私は驚かない。
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by quix-que | 2007-08-28 09:01 | どっちかというと外の話

危機感を煽ることで得するヤツら

ずっとずっと前に朝日新聞のほんの片隅に目立たないように書いてあった記事なんだけど、「増大する医療費で保険財政が破綻寸前なので保険料を上げかつ給付水準をさげなければならない」という厚生労働省が十年一日のごとく繰り返している主張、あれは実は血行怪しいらしい。
厚労省による「○年後の医療費は今よりこれだけ増え」という試算がどうも実体とかけはなれているらしいのだ。医療費抑制策が効いたのだということを考慮にいれても、例外なく「予測される医療費の伸び」は過大に見積もられ、実情を反映しない厳しい見通しが語られているんだとか。実際の伸びは試算の30%から50%以下であることも珍しくないというのだ。
まあ「大丈夫ですよ」といっておいてあとで破綻するのよりはいいんだろうけど。
そういえば年金に関しては出生率の見積もりがいつも甘過ぎる上に給与所得の伸びもずいぶんと甘く予測してるわけで、なんかあの組織はどっかヘンだと思う。

で、本題はそこじゃなくて(前置き長過ぎるね)。

前々から薄々思っていたのだけど今日はっきりわかったこと。
民間の医療保険や入院保険の広告は危機感煽り過ぎ
入院保険とかガン保険とかの広告って「保険では3割しか負担してくれないから入院するとこーんなにお金がかかります」って危機感を煽ってるわけだけど。
そもそも、自己負担は月で7万いくらしかかからない。それ以上は高額医療助成金としてあとで戻ってくるし、戻るまでに一時的に払うお金がない場合でも貸し付けが受けられる。この制度知らない人って結構多いみたいだけど、その「知らない」ということにつけこんで、「医療費だけで月に100万かかります。自己負担は3割なので30万」なんて平気で広告するのは、はっきりいって欺瞞というかウソだと思う。
それに、休んでいる間の収入だけど、組合健保や政府管掌健保の場合には「傷病手当て金」の給付が受けられる(受けられる期間には上限があるけど)。給料の6割くらいだけどね。

まあなにがなんでも個室に入りたいから差額ベッド必須、っていう人は入ってもいいんだろうけど。
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by quix-que | 2007-04-17 13:01 | もの申したいこと

腎臓移植に関して。


がん患者からの移植追跡へ 病気腎で市立宇和島病院


最近ずっとmixi日記にばかり書いてたので、たまにはこっちに。
mixi日記には前に書いたんだけど、個人的には「生体腎移植」というやつは親族間であってもするべきじゃない、と思う。(禁止しろ、とは言わないが)

だって、腎臓もらったって一生もつわけじゃなくて早かれ遅かれ透析に戻るわけで、QOLの改善といったところで期間限定なわけだ。そういう、たかだか数年間QOLをちょっとよくするだけのために他人に「腎臓が片方になる」というリスクを負わせることに疑問をもたない人がいたら、それはごう慢で不遜だと思う。
前に病気腎のニュースに関連してテレビに出ていた人は、既に2回移植をうけたがいずれも長もちせず、現在は中国で移植の準備中、と語っていた。「またダメになったら何度でも移植を受けます」ともいっていた。率直に言って、いったい自分をどれほどのものだと思い上がっているのだろうか、と思った。


ドナーが健康な場合ならもちろん、もし仮に腎臓を病んでいたのだとしても、というか、だからこそ余計に、機能を(部分的にせよ)果たせるのであれば本人の体内で機能させるべきだし、ドナー体内においておくことのデメリットが大きいのであれば当然他人の体内にも入れるべきでない(レシピエント側は不健康な臓器を体内に入れる上に免疫抑制剤の副作用という二重のリスクを負うのだし)、と思う。
透析の医療費が槍玉にあげられることが多くて、移植を推進すればそのコストが抑えられる、という考え方はあるのかもしれないけど、でもドナー側のリスクやなんかやかを考えると、トータルで見てどっちが経済的か、というのは結構微妙なんじゃないだろうか。

でもって。生体腎移植に個人的に賛成できない理由のひとつには、「不公平」がある。まあ誰だって「そういう人がいるらしい」としか知らない人間よりは自分の顔見知りの人間のほうに感情移入して、そっちの苦痛を先にやわらげたいと考えてしまうだろうけど、移植にかかわる医者がそれでいいのか?という問題。死体腎を何年も待っている人が万単位でいることについてはどう思うのだろう。この一点だけでも、私は万波医師はまったく信頼に値しないと思う。

さらに言えば。家族から腎臓をもらったことでかえって家族関係がぎくしゃくしてしまうことも少なくないらしい。特に、親から子への移植の場合、親の恩着せが重荷になり子供が精神的に追い詰められるケースは実際のところかなり多いらしい。反対のケースでも提供できなかった親族が患者に負い目を感じてしまう、ということもある。

こんなことを書けるのも、自分が透析にそれほど(というかほとんど)辛さを感じていないからなのかもしれない。でもね、なんか最近、「透析患者」=金さえあれば海外で移植を受けたいと思ってる、とか「透析患者」=万波医師擁護、自分に臓器がまわってくるチャンスが多ければそれでヨシ、みたいな感じで紹介されることが多いんで、なんかちょっとイヤだな、と思う。

私は、腎臓はどう考えても提供できないけど、臓器提供意思表示カードには腎臓以外全部脳死で提供するほうにマルつけてある。
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by quix-que | 2007-04-08 16:20 | もの申したいこと


鶴は千年 亀は万年 シーラカンスは2億年 (c)phoque 1994-2017


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