カテゴリ:どっちかというと外の話( 122 )

白紙委任状。

内閣支持12P増の59% 自民圧勝39%よかった | Excite エキサイト : ニュース
ソース探したけどなかなかみつからないのでこんなところにぶら下げますが。
安部副長官いわく、「最重要課題は憲法改正である」だそうです。
谷垣大臣いわく、「選挙でこれだけ圧倒的な支持があったということは、所得税増税や消費税率アップについても支持されたということだ(それが必要だということは前々から主張していた)」だそうです。

ほらいわんこっちゃない。「今回の選挙の争点はあくまでも郵政民営化だけで、自分は民営化には賛成だから、いつもは野党にいれるけど今回は自民党」とか言ってたみなさん。自分の不明を恥じて下さいね。

でもって、今後はコイズミの言葉を鵜のみにしないようにして下さいね。

もう遅いけどさ。この9.11は日本のターニングポイント(弱肉強食的社会への)としてのちの世に語り継がれることになりそうだわ。
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by quix-que | 2005-09-14 16:53 | どっちかというと外の話

国営=国民共有の財産だということを忘れるな。+原因と手法の摺り替えは

ニュース特集 : 郵政民営化
で、郵政民営化について述べるのは、郵政だけに選挙の争点をしぼる与党のヤリクチに乗せられる形になるのであんまり言いたくないのだが、ついでに投稿してみる。
反対です。
まず第一に、国営ってことは、国民共通の財産であるということ。黒字を出している事業が国民共有の資産であるということがなぜよくないことなのか。それをわざわざ私企業にするということは、利益を一部の人のものにしてしまうということ。それが本当にそんなにいいことなのか。
ふたつめ。財政投融資が無駄な公共事業の資金源になっていることが問題だというのならば、使い方を改めればよい。財政投融資の使い方を決めてるのは別に郵便局じゃなくて、財務省というか旧大蔵省というか、要するに政府でしょ?政府が自分のところでヘマをしたツケを、国民の共有資産であるものを一部の人間のものにするという形で解決しようというのがそもそもまるっきりスジが通って無い話だし、それでツケが解消されるという根拠もどこにもないわけで。原因と手法を摺り替えたらいけないよ。
みっつめ。いくつか下にも書いたけど、日本型社会における市民生活には、公的サービスとして欠かせないものがあるはずで、「民間でできるものは民間で」というコイズミの主張は、民間と公的事業とでは本質的に違うということを無視して、やれる/やれないの二分法でミスリードを誘っているとしか思えない。
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by quix-que | 2005-09-11 16:23 | どっちかというと外の話

情緒的でバカな意見の典型をたくさん見る今日このごろ。

 小泉を部分的にでも支持する声の少なからぬ割合を占めているのが、「小泉さんは軸がブレない」「初志を貫くところがすごい」とかいうシロモノだ。ひとことどうしても言いたい。

あんたたち、ばか?



 前に若貴騒動のときにもどこかに書いたけど、どうも「主張する内容」よりも「態度」のほうに重きをおいて評価を下す人が多すぎるように思う。
 軸がブレていないこと自体は別に悪いことじゃないけど、わざわざ高く評価するほどのことではないと思う。その軸がどこにあるかという事こそが問題の本質であると考え評価を下すのが当然なのに、そこへの評価をさておいて「ブレない」ことをもってして「立派」だとか「支持する」とかいう判断を下すのは、まったくもってマトモな知性を持った人の考えることだとは思えない。それこそ感情に左右された、情緒的なものの見方でしょ。

 というか、そもそもコイズミは、「公約を守らないことなんてたいした問題じゃない」って国会で堂々と言っちゃうような人間だぜ。いいのか?そんなに簡単に誤摩化されて。軸がブレないのは確固たる信念だからだ、なんてあまりに単純すぎるものの見方だと思うが。

 だいたいがさぁ、民主主義がベターな政治システムとして今日まで存在しているのは、「多数意見が反対意見を取り入れて改善していくことでより反対の少ないものを模索していく」というフィードバックが働いていたから、妙な方向へつっぱしることにブレーキをかけることができ、多くの人にとってまあまあ受け入れることのできる政策をとることになったからなわけで、その結果として軸がブレることは「仕方のないこと」ではなくてむしろ「望ましいこと」な筈なんだが。
 コイズミの手法っていうのは、軸に固執して反対意見を排除しまわりをイエスマンで固めるという、民主主義の名に値しないやりかたなわけでしょ。腐っていく組織の典型的な末期症状だと思うが、それって。腐るのが自民党だけならばまだマシだけれど、「軸がブレない」なんてばかばかしい理由で支持をする国民が増えて絶対多数派になっちゃったりしたならば、腐るのはこの国なんだぞ。
 それでもよければコイズミに投票してくれ、好きなだけ。
 でもって、トラックバック投票であるが。予測よりも早く、すでに人口減少が始まりつつある。人口が増えることがいいことなのかというとそれはそれで別の問題が沢山あるわけなのだけれど、量的な規模が縮小傾向にある社会っていうのはそれだけでものすごく恐怖なのだ。
 やっぱり、日本みたいな人的資源に依存した国においては、大きな政府で高福祉高負担社会の方がベターな選択なんじゃないのかなぁ、とあらたに思い始めた今日であったのでした。

追記11/06
「改革ファシズムを止めるブロガー同盟」の主旨におおむね賛同したので、ここに参加を表明させていただくことにしました。

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by quix-que | 2005-09-11 15:50 | どっちかというと外の話

そうだ、選挙行こう。

衆院選投票始まる 午前10時の投票率は前回増 | Excite エキサイト : ニュース
 小選挙区は○党の候補にして、比例は△党にしたのだけれど、よく考えれば逆にすればよかった。

 なんかねえ、このところずっと「小さな政府へ、という流れは時代の趨勢であって逆行できない」となんとなく思わされてきていたのだけれど、それも必ずしも正しく無いな、というか、小さな政府によって切り捨てられてしまう公的サービスやその他もろもろのことが、実は日本型社会における小市民的幸福を支えているものだったんじゃないのかな、などと思い直したりしているわけです。
 カトリーナ(関係ないが、カトリーヌやキャサリンじゃないのになんか違和感が)の被害状況を見るにつけ、小さな政府を追求して自助努力を強いる社会のゆきつく先(コイズミとかホリエモンとかの目指す改革の目的地)にはああいう世界があるんだろうな、と思う。
ちなみに、2大政党制が民主主義の成熟した形だというのもどうやら大きな誤解のようで、むしろ行き詰まりというか妙な袋小路に入り込んでしまった結果ではないかという主張(この前の朝日新聞のアメリカ人のコラムにあった)にはとても頷けるものがありました。
とはいうものの。
「改革か否か」「小さな政府か大きな政府か」の二項対立で全てを割り切るというコイズミ型も確かに問題なんだが、「財界・大企業VS市民・庶民」っていう対立軸はさらに現実から懸け離れていると思うぞ>日本共産党。「史上空前の利益をあげている大企業から法人税を昔のとおりに徴収すれば、他の財源を考えなくとも庶民の負担を減らして福祉水準を上げることができる」というが、それでは企業活力が失われて雇用や景気が後退して結局企業収益も損なわれることになる危惧が結構あるのだが。確かに利益を内部留保として抱え込み過ぎの会社は多いんだろうけどさあ。現実的にみて、少なくとも日本の一般庶民は、資本家というか財界というか大企業を自分の「敵」と見るよりは「親方」的なもの、ビッグマザー的なものとして捕らえているんじゃないのかと思う。実は日本で共産党が支持をのばせない一番の原因はここらへんにあるのではないかと思ったりもしている。

 ちなみに、最新の国際競争力調査によれば、1位はノルウェーで2位はアイスランドです。どちらも大きな政府というか典型的な高負担高福祉型社会。日本がかつて奇跡のような経済成長をとげていた時代というのは、「世界で唯一成功した社会主義国家」といわれていたわけです。今の日本に、そういう社会がいいのかどうかは判断を保留するけれど、少なくとも「小さな政府」が無条件に正しいというような思い込みは正す必要があるんじゃないだろうか、と思った。

 オマケ。私は、郵便は「国家の事業としての公的サービスとして存在すべきもの」という立場です。簡易保険は完全民間でオッケー。郵便貯金は決済機能(各種料金や税金の納入、送金など)に限って公的サービスとして残すべきだと思います。なので民営化法案だけでなく民営化論自体に反対。

 このところ2ちゃんねるにどっぷりハマっていてかなり自分は右傾化してると思っていたのだけど、こんなこと2ちゃんで書いたら基地外かクソサヨ扱いされるだろうなあ。
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by quix-que | 2005-09-11 14:45 | どっちかというと外の話

教育の敗北と疑似科学と権威主義と

岐阜県が立ち入り検査 中1死亡の自然食品研究所 | Excite エキサイト : ニュース
「教育の敗北」シリーズとしてカテゴリ作った方がいいんだろうか、もしかしたら。

ヒメガマの粉が人間の体液と混じると地球上には存在しない菌が発生して、それが病気を「消す」(治すというと薬事法違反になるのだそうだ)、二度と病気にならない⋯⋯こんなヨタを信じる人がいるということが驚きだ。
インシュリン依存型糖尿病(若年型とか小児型ともいう)っていうのは辛い病気だ。NIFTYの障害者フォーラムのシスオペだった人(故人)が、育ち盛りの旺盛な食欲を抑えるのが苦しかったと書いていた。亡くなった少女は中学1年、育ち盛り食べ盛りの娘が病気と戦い食欲と戦っているのを見ているのが親として辛かったのはわからなくもないし、そこに「インスリンなんて必要なくなる」という『画期的な療法』を薦められたら飛びつきたくなる気持ちもわからなくはない。
でもねえ。ヨタはヨタ。少女の母親はこの掘とかいう人の主張がどれだけ科学的にあきらかな間違いであるのかを見抜くことができなかったという意味において、少女の死に対して一番の責任がある、と思う。
ホント、こういう痛ましい事件が起きるたびに、教育って無力だなあと感じずにはいられない。
(ちなみに、うちの弟が横浜市大病院の先生と雑談した話によると、今はまだ費用がかなりかさむのですぐに保険認可というのは難しいが、糖尿病を完治に近い状態にする薬はほぼ出来上がっているらしい。ホントだとしたら朗報なので、ヘンな民間療法に飛びつく人がこれ以上増えない内に早くなんとかなってほしい)
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by quix-que | 2005-07-24 12:56 | どっちかというと外の話

黙ってた方が得ってのだけは納得できない。

若貴兄弟ゲンカ 嵐の前の静けさ | Excite エキサイト : ニュース
 今日の昼ごろ、透析のベッドの上で例によってテレビを見ていたのだけど、その時にどうしてもどうしても気になる、というか納得がいかないことがあったので、休み休みしか書かないこのブログに書いてみることにする。
 見ていた番組はTBSの、山田五郎とか恵とかが出てるやつ。内容は若貴ネタ。具体的には、街頭及びインターネットでのアンケート。若貴どちらを支持するかという質問に対して、東京大阪インターネット全て、およそ7割が兄花田勝支持、という結果だった。これはまあ、兄の相続放棄が報道された直後だからそんなもんだろうという感じではある。
 でもって、私が納得がいかなかったのは、兄支持、または弟不支持の理由。兄支持の理由の多くは「何もしゃべらなかったこと」であり、弟不支持の理由は「テレビでしゃべりすぎること」だそうだ。
 なんだかなあ。そりゃ確かに、貴乃花親方のコメントには首を傾げたくなるようなものもあった。でもさ。そうやって「黙っていることがそれ自体で美徳」「主張をすることはそれ自体が非難に値する」みたいな考え方ってどうなの?
 この国ではいまだに、主張すべきことを主張し、誤解を解くべく説明責任を果たそうとすると、それだけで「言い訳がましい」とか非難される風潮がある。沈黙は金、男は黙って⋯⋯。黙っていた方が得策であり、言いたいことがあっても敢て口を閉ざすという態度でいれば周囲も味方をしてくれる。なんか花田勝氏の態度からは、そういう風潮をうまく利用しているような感じがしてならないのだ。
ちなみに、「雄弁は銀、沈黙は金」ということわざができた当時、社会は銀本位制で、金には装飾品としての価値しかなかった、というような話もあったりするんだが、ソースがはっきりしないのでここでは深入りしない。
 つかさ、こういう風に「弁解をしない潔さ」みたいな美徳が持ち上げられてることが、中国や韓国に言いたい放題言われていわれっぱなしになってる現状と繋がってるような気がするのよ、私は。

 主張すべきことを互いに主張し合って、その主張の内容からどちらかを支持する/しないというのならばいいんだけど、片方は主張をしたからという理由で批判され、もう片方は何も言わないという理由で支持される、そんなおかしなことってあっていいことじゃないと思う。
 なので、主張の内容はともかくとして、「テレビの仕事をしているんだから、テレビに出てきてしゃべれ」という貴乃花親方の発言は、私は支持します。
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by quix-que | 2005-07-07 18:54 | どっちかというと外の話

サスペンスドラマじゃないんだから。

 私はサスペンスドラマが嫌いだ。特に、一般的に「二時間ドラマ」と言われている9時からのワクのサスペンスが大嫌いだ。
 なぜか。あのドラマで探偵役だったり刑事役だったり、要するに犯人を追い詰める側がやってることって、「容疑者らしき人が犯人であったとしておかしくない仮説をたてる」こととか「容疑者らしき人のアリバイを崩す」ことであって、決して「容疑者らしき人が実行犯であることの証拠をみつける」ことじゃないんだもん。あれで言えることはあくまでも「容疑者とされた人を犯人と仮定すれば矛盾がない」だけであって、それが則ち「容疑者とされた人が犯人であることが証明された」ことには全然ならないのに(もしかしたら他の人を犯人と仮定しても矛盾のない仮説をたてることが可能かもしれないのに、そっちの可能性については最初から一顧だにしない)。
 なのにねえ。崖の上に追い詰められた容疑者は、「あなたを犯人と仮定すると矛盾のない仮説が立てられる」と言われているだけなのに、黙ってりゃいいのにべらべら「そうだよ俺が犯人だよ」ってしゃべっちゃうでしょ。あれがねえもう納得できないのね。

 なんか文章がくどいなあ。でもホント、この違いが理解できない人はサスペンスドラマを面白がって見るんだろうなあ、と思うのだけど、この違いが実は立証責任という観点からは重要なことの筈で、ドラマはあれでいいかもしれないが現実にあんなだったら法治国家としてどうよ?と思うわけです。

 で、私が疑問に思ってる現実の事件ってのはコレです。
真須美被告に2審も死刑=毒物カレーで大阪高裁=差替 | Excite エキサイト : ニュース
 これって、事実認定としては、「動機は不明」「被告は砒素の扱いになれていた」「犯罪に対する罪悪感が薄れていた」「砒素を混入することができる状況にあった」ゆえに「被告が実行犯であったと考えて矛盾がない」ってことなんですよね。オマケに、「計画性はない」「殺意に関しても未必的なものにとどまる」とまで言ってる。

 これで死刑っておかしくない?

 まあ私も、林被告がやってるだろうとは思う。思うけどさ、それってホントに印象レベルでしかないわけですよ。「できる状況にあった」ってことは「やった」ということとは全然まったくイコールじゃないし、「罪悪感が薄れていた」ってことも「犯罪をおこなった」ということとイコールじゃない。1より小さい数字をいくらかけあわせても1にはならないんだよね。

 ホントにいいのか?これで。
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by quix-que | 2005-07-02 19:13 | どっちかというと外の話

出口なし、もしくは抑圧と自我の狭間で。

「人いること知らせたい」 殺害後、爆発の動機 | Excite エキサイト : ニュース板橋管理人夫妻殺害・爆破事件 | Excite エキサイト : ニュース特集
 人を殺してはいけないということはもちろん大前提として。

 わが子に対して抑圧的な(親の側から見れば支配的な、か)親というのがいる。まあ親というものは多かれ少なかれそういうものなのかもしれないが(親になったことがないのでわからない)、自分が子に対してある意味絶対者であるがために、自分が思うところの「子はこうあるべき」から子がほんの少しでもズレてしまうことが我慢ならない。子には子の考えや価値観があるということを、認めないどころか、「自分が思うとおり」以外の「考え方」が子どもにあることが認識できない。子どもは自分とは不可分のものだから、赤の他人であれば傷つけてしまうことを恐れて言わないことであっても、言ってもかまわないと考えている。「親子だから」「子どものためを思って辛いことでも正直に」。まあそんな親が、いざ逆に子どもが自分に対して「辛いことでも正直に」言ったところで、「子どものくせに親にむかってなんだ」ってなるのは目に見えているんだけど、とまあこれは我が家の話だが。

 殺された父親は、経営していた電気店が潰れてから、住み込みの管理人のしごとを転々としていたらしい。容疑少年はそのために何度もの転校を強いられて、友達がなかなか出来ずに辛かったと中学の卒業文集に書いていたという。工作が好きで、得意な科目は技術科、工業高校に進み将来はコンピュータ関係の仕事につきたいと言っていたという少年にとって、まだ40代前半の若さなのに手に職もなく「寮の管理人」という(彼から見れば)誰にでもできるようなつまらない仕事をしている父は、尊敬の対象ではあり得ず、父親がそんなダメな大人であるために他の子と違って休みの日も寮の仕事を手伝わされていた日々は、父に対する恨みや憎しみを溜め込むだけのものだっただろうと思う。
 そんな彼にとって、近所の空家をみつけて入り込み、仲間とそこで秘密基地ごっこ(とは書いてなかったけど多分そうだろうなぁ)をすることは、数少ない息抜きというか楽しみだったのだろう。それが咎められ警察沙汰になったことで、おそらく彼の父親は、彼の人格を否定するような発言をしたのではないだろうか。
 さらにそこに、仕事が辛くて毎日のように「死にたい」と漏らしていたという母親。父さえちゃんとしていれば自分も母もこんなに辛い生活をしなくて済んだのに⋯。おそらくその思いは日々どんどん大きくなるばかりだったのではないかと。

 で、三者面談の日が迫っていた。多分その時、家族の中で彼の将来についての話題が出たのだろう。おそらくそこでは、警察沙汰になったことも蒸し返されたであろうことも考えられる。父親が言ったと思われる「お前は俺より頭が悪い」、これが彼にとってどれほど許しがたい言葉だったか、想像に難くない。ってここらへん想像に想像を積み重ねているので説得力あんまりないけど。

 なんかね。少年犯罪の時に「社会が」とか「家庭が」とか、本人の外側にばかりやたらと原因を見つけようとする考え方って私は嫌いだし、誰にとってもなんの利益にもならないことだと思う。でも、なんか今回のこの親殺しについては、少年の心情が自分自身と重なる部分もあるような気がなんとなくある。最初にも書いたとおり、もちろん人を殺すなんてことはあってはならないし、自分が殺されそうになってでもいない限り許されることではないと思う。けれども。

 親であるが故に、子どもの人格を否定し個としての価値観の存在を否定するような言葉を子どもに向けるのを「許されること」であると考えている親は(うちの親含めて)決して少なくないだろう。
 そして、多くの人、世間なり周囲なりは、子どもがそのような親の抑圧に対して不満を漏らしたとしても、「それはお父さん/お母さんもあなたの為を思って」とか「育ててもらっているんだから感謝しないと」とかそういう言葉で、不満を持つ子の方を咎めるような対応しかしない。子どもはそれによって更に自分を否定されてしまうわけだ。育ててもらってるからといって人格を否定されても受け入れなければならないわけではない、そんな当たり前のことでさえ、運良く真っ当な親子関係を築けてきた人たちには理解してもらえないのだ。

 容疑少年にとっては、親を殺すことにしか出口が見いだせなかった。その事がこの事件の最大の悲劇であり、救いのなさだと思う。

6-24追記
 この事件に関して(関しても、というべきか)、テレビのコメンテーターが例によって「ゲーム脳」とか「現実と空想の区別が」とか言っているらしい。たしかに容疑少年が無差別殺人のゲーム(有害指定されるようなもの)をやっていたという事実はあるようだ。でもさ、それってあまりに短絡的というか、なんでもかんでもゲームと結び付けてコメントすればそれらしく聞こえるっていう、もう人としてやっちゃいけないくらい安直な「にぎやかし」じゃないの?正直、ゲーム脳よりもそういうコメントを恥ずかし気もなく出せるコメンテーターの脳の方がよほど逝っちゃってると思う。(でもってそういうコメンテーターを専門家とかいって重宝するマスコミもね)
 過去も現在も未来も、どうしようもないオヤジのせいで希望のカケラすら見出せないような暗い色に塗りつぶされた彼が、誰にも迷惑をかけずに衝動を発散する逃げ場としてゲームを選んだとして、それを責める権利は誰にもないでしょ。
 それに、だ。本当にゲームの世界と現実との区別がついていないのったら、彼は両親(だけ)ではなくそれこそ無差別殺人に走っていたのでは?殺したのが両親だけであるところが、彼が現実(それも親によって抑圧された非常に狭い世界)にがんじがらめにされていたことの証拠だと思う。
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by quix-que | 2005-06-23 15:34 | どっちかというと外の話

傭兵という人生、職業軍人という生き方

<イラク邦人拘束>「一喜一憂しない」 斎藤さんの弟会見 | Excite エキサイト : ニュース
 弟さんのインタビューで一番印象的だった言葉は、「兄を誇りには思うが、尊敬はできない」というもの。その言葉を聞けば、お兄さんの方もきっと弟さんを誇りに思うに違いない。それくらい強い言葉だった。

 戦いの場に自らをおき、生まれた国からも家族からも離れて、人は何を求めて生きるんだろうか。傭兵の報酬は日当で6万〜10数万だという。高いようで、危険度を考えると全然多くはない報酬。そんな仕事を選ぶのは、いったいどのような動機からなのだろう。

 職業軍人という生き方を、私は否定はしない。軍人の仕事を「敵を殺すこと」だという人がいるが、それは違う。軍の仕事/戦闘の目的は「守るべきものを守り、敵対者の抵抗力を奪うこと」であり、殺すことそれ自体が目的なのではない。
 傭兵はどうなのか。相手の抵抗力を奪うことが目的である、という点においては同じことだろう。では、守るべきものとは?私にはわからない。わからないが、否定はしたくないと思う。尊敬はできない。しかし、自ら進んでそういう生き方を選んだ人の意志は尊重されなければならないと思う。

 どうも「傭兵」とか「職業としての軍人」とかにアレルギーでもあるのか、彼の所属を「セキュリティ会社」と呼んだり彼を一般の民間人みたいに扱って、「人質として拉致された」という表現があるけれど、齋藤さんは傭兵であり、プロの軍人である。民間人ではない。彼を人質にとって日本政府をどうこうしようとは、おそらく誰も考えてないと思う。彼自身にとっても、捕虜として捕らわれ、戦闘の中で命を落とすことは(死にたいと望んでいるのではないだろうが)ある意味本望なのではないだろうか。逆に言えば、「拉致された人質」扱いをすることは、彼を侮辱することになりはしないのだろうか。
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by quix-que | 2005-05-13 20:45 | どっちかというと外の話

「とりあえず謝っとけ、みたいな」みたいな。

朝日新聞東京本社12版▲オピニオン『声』より。
南京で通じた「ごめんなさい」
高校非常勤講師 ○○○○
横浜市南区 53歳
 日中関係の難しさをみていて、1年前の体験を思い出しました。友人と4人で南京市を観光で訪れ、大虐殺記念館を見学しました。
 館内で日本語を話すとまずいので、やめておこうと事前に申し合わせていました。小学生ぐらいの子どもが次々と入館しました。私たちに同行していた通訳が言います。「子どもたちは日本人はひどいと言っている。日本が嫌いになって帰っていきますよ」
 このままでいいのかと思った私は、覚え立ての中国語で子どもたちにとっさに言いました。「私は日本人です。ご免なさい」
 女の子が進み出て私の目をじっと見つめ、話し始めます。「展示は過去のことです。あなたが悲しむことはありません」。「あなたの気持ちが通じたのよ」と通訳は喜んでくれました。
 日本は中国に反省とお詫びを表明しているといいますが、国民は痛みを感じているでしょうか。過去をきちんと受け止め、どう反映させるのかを近隣諸国民は注視していると思います。
 「過去のことです」という言葉は中国の人たちが発して初めて意味を持つと思いました。

 ちなみにこの投稿は今日の声の一番最初です。いや、なんつーか、南京大虐殺の信ぴょう性もさることながら(せめて当時の南京市民総数より少ない数にしておけばいいのに>中国側主張)、これって要するに、「相手をこれ以上怒らせないためにとりあえず謝っとけ」というのとどこが違うのん?
 過去の日本の政治家の謝罪とどれだけの違いがあるの? というか、はっきりいって、この人は「私は正しい歴史認識に従って謝罪できる『国際感覚のある人』だ」みたいな自意識なんだろうけれど、見方を変えれば、一国を代表する立場でもない、戦争の当事者であったこともない(年齢から考えてまだ生まれてないわけで)、責任を取らされる立場でない人の謝罪にどれだけの重みがあると思っているんだろう、みたいにしか思えないわけで。ぬぁにが「国民は痛みを感じているでしょうか」だよ。あなた自身はそこで頭さげて謝ったところでなんの痛痒も感じないからこそ謝れて、しかもそのことを得意げに新聞に投稿できるんではないですか?
 むしろ小泉の謝罪の方が(たとえ口先だけであっても)政治的な言質としてはるかに意味を持つ、と思う(一応書くけど、私は小泉のやってることはこれっぽっちも評価してないよ)。
 こういう小市民的なセンチメンタリズムに安直に酔ってるだけの恥ずかしい投稿を嬉々として(かどうかはわからないけど)冒頭に載せてしまう朝日の「声」ってナンなんだろうなあ、と思う。
 前にも書いたけど、第二次世界大戦についての日本の反省を一番はっきりとあらわしているのは、「ただの一人さえも戦闘行為によって殺していない」という事実それ自体だと思うし、(与党政治家の思惑とは逆に)憲法9条を「世界に誇れるもの」と感じ「改正すべきではない」と考えている国民が大多数を占めているということだったりすると思う。本当は外交がそういうことをちゃんと中国や韓国に知らせていくべきだし、政府がちゃんとやってくれないのならば、マスコミや草の根でそういうことを伝えていくべきだと思うのに、実際に草の根交流をやってる自称国際派の人たちがやってるのは中国だの韓国だのの言い分を鵜のみにして、ただ「ごめんなさい」してるだけ。そういうのは、波風をたてないように問題を先送りしてきた今までの政治家のやってきたこと(そのせいで余計にこじれているわけなんだが)となんの違いもないと思うんだが。
 というようなことをこの人に言ったところで多分通じないんだよなあ。

 さて、今日買ってきた3册「韓国人の歴史観(黒田勝弘)」「韓国併合への道(呉善花)」「中国はなぜ『反日』になったか(清水美和)」でも読むか。
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by quix-que | 2005-05-08 15:06 | どっちかというと外の話


鶴は千年 亀は万年 シーラカンスは2億年 (c)phoque 1994-2017


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