サスペンスドラマじゃないんだから。

 私はサスペンスドラマが嫌いだ。特に、一般的に「二時間ドラマ」と言われている9時からのワクのサスペンスが大嫌いだ。
 なぜか。あのドラマで探偵役だったり刑事役だったり、要するに犯人を追い詰める側がやってることって、「容疑者らしき人が犯人であったとしておかしくない仮説をたてる」こととか「容疑者らしき人のアリバイを崩す」ことであって、決して「容疑者らしき人が実行犯であることの証拠をみつける」ことじゃないんだもん。あれで言えることはあくまでも「容疑者とされた人を犯人と仮定すれば矛盾がない」だけであって、それが則ち「容疑者とされた人が犯人であることが証明された」ことには全然ならないのに(もしかしたら他の人を犯人と仮定しても矛盾のない仮説をたてることが可能かもしれないのに、そっちの可能性については最初から一顧だにしない)。
 なのにねえ。崖の上に追い詰められた容疑者は、「あなたを犯人と仮定すると矛盾のない仮説が立てられる」と言われているだけなのに、黙ってりゃいいのにべらべら「そうだよ俺が犯人だよ」ってしゃべっちゃうでしょ。あれがねえもう納得できないのね。

 なんか文章がくどいなあ。でもホント、この違いが理解できない人はサスペンスドラマを面白がって見るんだろうなあ、と思うのだけど、この違いが実は立証責任という観点からは重要なことの筈で、ドラマはあれでいいかもしれないが現実にあんなだったら法治国家としてどうよ?と思うわけです。

 で、私が疑問に思ってる現実の事件ってのはコレです。
真須美被告に2審も死刑=毒物カレーで大阪高裁=差替 | Excite エキサイト : ニュース
 これって、事実認定としては、「動機は不明」「被告は砒素の扱いになれていた」「犯罪に対する罪悪感が薄れていた」「砒素を混入することができる状況にあった」ゆえに「被告が実行犯であったと考えて矛盾がない」ってことなんですよね。オマケに、「計画性はない」「殺意に関しても未必的なものにとどまる」とまで言ってる。

 これで死刑っておかしくない?

 まあ私も、林被告がやってるだろうとは思う。思うけどさ、それってホントに印象レベルでしかないわけですよ。「できる状況にあった」ってことは「やった」ということとは全然まったくイコールじゃないし、「罪悪感が薄れていた」ってことも「犯罪をおこなった」ということとイコールじゃない。1より小さい数字をいくらかけあわせても1にはならないんだよね。

 ホントにいいのか?これで。
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by quix-que | 2005-07-02 19:13 | どっちかというと外の話


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