科学とか技術とか。

まあ相変わらず世間ではSTAP細胞のというか小保方さんの論文の話題がつづいているわけですが。

この件については、科学リテラシーのある人とそうでない人との認識の差があまりに大きくて、そしてそうでない人の数があまりに多くて、私はそこに(久しぶりにこの言葉を使いますが)教育の敗北が見えているような気がするのです。かつてカール・セーガンが自著の中で、日本人の科学的リテラシーがうらやましい的なことを書いていたのですが、残念ながら、今の日本からそれを見出すのは結構難しくなってきつつあるように思います(いきなり風呂敷広げすぎですがまあそれは本題ではないので流します)

この件については、そもそも小保方さんが何をもってSTAP細胞と呼んだりSTAP現象と呼んだりしているのか、という根源的な疑問(そもそも「光った。STAP細胞だ」的な認識であって他の要因での発光である可能性を排除できていないのでは、みたいなこともどこかで読んだ)さえも一部からはあるのですが、まあそこらへんは私は詳しくないので他の方の書いたものを読んでいただくとして。
たとえば http://nosumi.exblog.jp/20586616/ とか。

じゃあ私に何がこの件で言えるのか、というとですね。あくまでも一般論としてなんですけど。
(ちなみに別の角度の一般論については、http://phoque.hatenablog.jp/entry/2014/04/15/141657 に書いたのでヒマならよんでね)

ある、とても貴重なものをつくろうとして、それを実際に作ることができた、とします。

それを作れたのが1回だけだったとしたら、できたのはたまたま、偶然だとほとんどの人は思いますよね。

じゃあそれが10回だったら? 10回なら偶然ではないと思うかもしれません。でも、何回もやればたまたま10回くらいできることもあるかもしれません。
では、偶然ではないことを証明するにはどうしたらいいか。それは、「この方法でやれば、この程度の確率でできる」という方法が示され、実際にその方法でやってみたら示された程度の確率でできた」場合です。

じゃあそれが200回だったら? 200回もできたのならさすがに偶然ではないと考える人の方が多数だと思います。
だけど、それが偶然でないことを証明するのならば、10回のときと同じように、、「この方法でやれば、この程度の確率でできる」という方法が示され、実際にその方法でやってみたら示された程度の確率でできた」でなければ、偶然ではないことは証明されません。
いくら実際に200回作れたといわれても、さらに言えばその結果としての200個のできたものを見せられたとしても、それだけでは「偶然できた」のと変わりはないのです、たぶん。

たぶん、と書いたのは、私は科学の専門教育を受けたことがないから、周りにいる科学を専門とする人の話とか、放送大学で「科学的探究の方法」を学んだ(ちなみに単位認定では記述試験でまるAもらったのでそれなりにいい成績だったと思ってくださいとちょっとだけ自慢)(※ちなみにですが、「生物分子と細胞の科学」というのも履修してましてこちらもまるAでした)こととかから考えているので、全然はずれかもしれないのですが。

(もしそうだったら指摘してください)

で、ですね。たとえば日本の町工場がすごい、って話があるじゃないですか。自動機械では作れない平面を人間が手作業で作ったりとか、レンズの研磨とか、金属の絞りとか、金型作成とか、そういう、職人の技術。それはそれでもちろんすごいことだし、それが実際に日本の工業技術のクオリティに欠かせないものだっていうことについては、まったく異論はないし、それらの技術や技術者または職人はもっと社会的に高い評価と高い報酬を受けられるような社会が望ましいと思っています。

じゃあ、STAP細胞を200回も日常的に作ることができる小保方さんも、同様に高い評価や高い報酬を受けるべきなのか。
(「STAP細胞が作れることこそが重要で、論文の不備云々は些末なこと」という小保方さん擁護は、つきつめるとこういうことですよね)

結論からいえば、それは違うと思います(少なくとも私はそう考えます)。なぜならば、小保方さんの研究というのは、技術を確立するものではなく、ある理論(というか仮説)が正しいこと(或は正しくないこと)を示すためのものだからです。それも、第三者によって検証可能な形で(でなければ、嘘の実験結果や観測結果をでっちあげればどんなとんでもない仮説でも証明できることになってしまいます)。そして、第三者による検証が正しく行われるために、論文はルールにのっとったものであることが求められているのです。

いやそれは科学のルールのほうがおかしいよ、論文がルールにのっとっていようとそうでなかろうと、検証可能であろうがなかろうが、実際にものができているんだから証明されているじゃないか、という人が、あるいはいるかもしれません。
たとえば、医薬品には、なぜ効果があるのか(作用機序)がわかっていないものが少なからずあります。それでもそれらの薬は有効性が認められているじゃないか、STAP細胞もそれと同じではないか、みたいなね。
でも、それは違うのです。医薬品においては、作用機序ではなく、効果が見られたという統計的な事実は検証可能です。そしてその検証によって有効性が証明されているのです。
では、STAP細胞がつくられたことは何によって証明されているのでしょうか。実際に作られたSTAP細胞によってでしょうか?しかし、STAP細胞の実物は、論文執筆者(の一部)しかそれを見た人がいません。つまり、第三者によっては実在すること自体が確認されていないわけです。
結局ここでも、第三者によって検証されていない限り、「実際にものができている・ある」と(言うのは自由ですが)認められることはありえません。ないことの証明はできませんが、それはあることを意味しません。あることを証明するのはあると主張する側の責任です。

というか、正直私は非専門家もいいところですから、自分の文章に説得力があるとはあまり思えないのでものすごくこわごわと書いているわけなのですが。

そして、ここまですべて、小保方さん側の言っていることがすべて事実である、という前提で私はこの文章を書きました。小保方さんが言っていることがすべて事実だという前提を受け入れること自体が、かなり無理やりな譲歩をした、ものすごく小保方さんサイドに歩み寄ったものである、と私は考えています。そう歩み寄ってさえ、小保方さんの主張は到底受け入れがたいものである、というのが私の現段階での結論です。

さらにいうならば、私は小保方さんサイドの言い分がすべて事実であるとは思っていません。たとえば、200回のSTAP細胞作製成功にしても、それだけ何度も作成に成功しているのであれば、「見やすいように修正」するまでもなくより見やすい画像が存在している筈(もしそのような記録をとることなしにただ漫然とSTAP細胞を作る「作業」を行っていたのであれば、それは実験とは呼べない)です。仮に200回の成功の大部分が論文執筆時より後であったとしても、記者会見の場でそれらを示すことは可能だった(実験の方法を再現可能な形に落とし込んだ記述がない件については、特許云々で明かせないという小保方さんの言い分を認めるとしても、です)にもかかわらず、それをせずに記者会見に臨んだことはすなわち、200回n成功は少なくとも第三者に検証可能な実験ではなかった、と考えることが妥当であると思います。つまり、嘘であると。

あの記者会見で、小保方さんは自らが科学者・研究者であることを否定したと思っています。そうしてまでも彼女が守りたかったものは、STAP細胞ではなく、彼女自身の「若くして理研のユニットリーダーとなり最先端研究をしている有能な私」という自己像であったというのは、言い過ぎでしょうか。
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by quix-que | 2014-04-16 15:44 | どっちかというと外の話


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