血液型とそれにまつわる巨大なバカの壁のおはなし。

<血液型番組>「性格決めつけ」視聴者から抗議相次ぐ | Excite エキサイト : ニュース
ってわけです。10月は6回でしたか。11月も結構何回もやってたところを見ると、今現在テレビ界におけるブームは細木数子と血液型が2本柱ってことですかね。
 私はこのテの番組は絶対に見ません。見たら不愉快になるのはわかってるから。でも、自分が見ない/信じないだけじゃおさまらないのがこの問題のめんどくさいところ。
 いやいや、「どうせテレビなんてお遊びなんだから事実かそうでないかは別として話のネタにできればいいじゃん」って思う? たとえばこのニュースへのトラックバックでも、「本気にする方がどうかしてる」とか「抗議なんてする方が血液型に捕らわれてる」とかいうのがあったけど、そういう人たちって、周りに血液型信者がいない、というかなり幸運な人なのか、「どうせあんなの本気で信じる方がバカ」というところで思考停止してるんじゃないかと思う。そういう思考停止もまた、血液型信者と似たような「決めつけ」だし、更に言えば「テレビに惑わされない自分カコイイ」みたいな歪んだ優越感に浸ってるようにも見える。
 本人が「血液型性格診断」を信じないのは結構なことで、これからも是非信じることなくいて欲しいと思うけれど、このニュースはそういう「血液型性格診断を信じる/信じない」の問題ではなく、現実に信じてる人がいて、そのせいで有形無形の圧力だの偏見だの嫌な思いをしている人もまた確かに存在し、テレビはそれに拍車をかけている、というところが問題なわけだ。
 テレビでとりあげるから本当だ、既に証明された揺るぎない事実だ、と思う人っていうのは、おそらくものすごく沢山いる。それによって具体的に迷惑を被ってる人というのも少なく無い。一例として【生活全般】 血液型占い厨が撲滅してほしいと思う人の数→ なんていうのもある。まあソースが2ちゃんねるだから多少の誇張はあるかもしれないけれど、血液型で決めつけられて困ってる、人間関係に支障をきたしてる人というのは実際にかなり多いんじゃないかと思う。それについて、テレビ(に限らずこの手の情報をあたかも事実みたいに書いてる雑誌や書籍も含む)には責任がないと言えるのかどうか。問題の本質はそこらへんにある筈。
 受け手の側のメディアリテラシーの問題はもちろんあるにせよ、だからってテレビが根拠のない偏見を(それもあたかも根拠があるかのごとく)垂れ流して許されるはずがない。そこのところをスルーして、自分が信じる/信じないの問題だけに矮小化してしまえる人、「抗議するなんてバカげてる。嫌ならスルーすればいい」って言い切ってしまえる人の前には巨大なバカの壁が存在してるんだと思う。
今ちょっとexciteニュースのトラバをざざっと全部流し見したけど、ほとんどが「自分は信じないからどうでもいい」とか「自分も信じてないけど、だからってテレビに抗議するなんて馬鹿じゃね?」みたいな感じだった。更にいえば「どうせ抗議するのは○型とか×型とかでしょ?」なんてのもいくつかあった。⋯⋯そういう視点でしかこの問題を見られない人ばかりなの?あーなんかかなり頭痛い。

 聞いた話では血液型で採否だの配属だのを決める企業もあるらしい。そうやって個人の適性だの個性だのが殺されていく。ちなみに今勤めてる会社も、面接の時に書かされた調査票には血液型の欄がありましたっけ。それだけで入社できたとも考えられないけど、その時面接した専務には未だに「A型っぽくないわよね、ガサツだし」と時々思い出したように嫌みを言われますが。(ちなみに、几帳面さが求められる職種ではある)





 たとえば選択バイアスとか評価バイアスとか呼ばれるもの—何気なくデジタル時計を見たときにたまたま数字がゾロ目になっていた、という経験はないですか?でもって「なんか時計みるといつもゾロ目なんだよね」ってなんとなく思ってないですか?それは「何気なく時計を見たときにたまたま数字がゾロ目ではなかった」時のことは記憶せず、ゾロ目という特徴的な数字のときだけを選択的に記憶してしまうために、「時計をみるといつもゾロ目」という印象がうえつけられてしまうようなことを言います。
 丁度今旬なので例にあげると、ペ・ヨンジュンがこっちを向いて手を振った。「私に向かって振ってくれたのよ」⋯⋯まあここまで極端ではないにせよ、ある行動を見て、それを自分にとって都合のよい評価をしてしまうこともままあるわけです。
 血液型を知っている人の行動がたまたま、その血液型の人が取りやすいと言われている行動と合致したケースを見て「○さんは△型だからああいう行動をする」と記憶し、そうでない無数の行動については血液型と結び付けることもなくスルーすると、その結果として「やっぱり○さんは△型だから」があたかも事実であるかのように思い込んでしまうわけです。
 たとえばある人が倒れている自転車を起こしているのを見て、「あの人は多分A型で几帳面でだから、自転車が倒れているのが嫌なんだな」と思ってしまう。もしかしたらその人は倒れている自転車を直さないと自分の自転車が出せないだけかもしれないし、前に自分の自転車が倒れたときに起こしてもらって嬉しかった記憶があるのかもしれない。はたまた家業が自転車やさんで自転車が粗末に扱われてると胸が痛む人かもしれないし、逆に、以前に自分が自転車を倒してそのままにしたことに罪悪感を持っていて罪滅ぼしのつもりかもしれない。そういういろんな可能性の中から自分にとっておさまりのいい評価を採用してしまう、だれもが無意識に陥りがちなことですが。
 血液型性格診断と称するものはほとんど、こうした「選択バイアスと評価バイアス」の積み重ねです。そんな思い込みの積み重ねに、統計もへったくれもありませんって。

 まあ、もし仮に百万歩くらい譲って統計的に有為な違いがあったとしても、それを個別具体的な個人にあてはめることができると考えるのがそもそも大間違いなんだけどね。

----04-12-02 追記

 血液型と性格との関係について、私の知る限り一番詳しく説明されているのはここだと思うので、興味のある方は是非是非。
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by quix-que | 2004-11-28 10:14 | どっちかというと外の話


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